EUROPE


ヨーロッパへは、勉強のつもりで行った。家具の勉強だ。なのに、イエメン・エジプトに行ってしまった。ギリシャから出発だ。気合を入れなくてはいけない。旅の目的を忘れてはならない。 
ギリシャアテネに到着。地図も何も無いのは、本当に不便だ。何かしら持ってくればよかった。空港のインフォメーションは、いまいち期待できるものではなかった。夕方の5時。そろそろ、空が暗くなってきた。早く行かなくてはならない。しかし、どのように町まで行っていいのか、全然わかんない。迷った。迷った。近くに汚らしい格好のアメリカ人が二人。意を決して話しかけてみた。怖そうに見えたが、案外にひとなつっこかったので、ほっと一息。YH「YOUTH HOSTEL」へ行くらしく、一緒に連れていってもらうことにした。タクシー乗り場。やはり、アメリカ人は嫌われている。なかなか、乗せてもらえない。僕の繋ぎは彼等だけなのだ。今度は僕が交渉。すんなりOK。3人でいざ、YHへ。
僕はそのとき、ギリシャの通貨、ドラクマを持っていなかっため、アメリカ人に迷惑かけてしまった。3人で割勘なので、とても安く上がった。やはり、イエメン・エジプトとちがい、少し物価が高い。ご飯も少しだけにした。イスラム圏との違いは、やはり、女性の姿。髪の毛が見えるのだ。なんだろう。髪の毛が見えるだけで、異常に興奮する。しかも、ギリシャ人女性は美しい。いやー、とてもいいなー。最高だよ。YHは、ドミトリイなので、同じ部屋にアメリカ人3人組みがいた。STREET LIVEをしている二人組みに、グラフィックデザイナーのブライアン。とても、気お使ってくれていいやつらである。アテネに3日間いたのだが、アクロポリスなど、名所へ行くたびに彼等にあった。そのたびに話していると、名詞をくれた。MICは、グラフィックデザイナーの会社の社長、ミュージシャンの二人は、ちょっとした有名な人だったようだ。名前はアークとマイク。いつも、上半身裸のアークは、朝起きるとベランダで太極拳をし、控えめなマイクは起きてすぐに腕立て伏せをし、健康的な奴らだ。夜になると町へ行きSTREET LIVE。ギリシャは全く受け入れられないと嘆き、明日からはイタリアへ行くという。僕もちょうど明日行くのだ。イタリアでまた会おうと、僕等は握手して別れたが、2度と合うことは無かった。
イタリアへは船である。僕は一番安いチケットを買い、いざITARYへ。
船では、ベットなど無いのは当たり前、持ってきた寝袋を敷いてみた。やはり、ちょっと痛いかな。隣にはレオナルド・デカプリオ似のカップルがいた。イギリス人らしい。僕等は挨拶をかわし、差し支えないことを話した。彼等は、キャンプの道具を持っており、とても居心地良さそうであった。すると、デカプリオが、「寝袋だけじゃ痛いでしょ」と言って、毛布を下にひくようにと、貸してくれた。僕は感動。なんで、見ず知らずの外国人にそんなにやさしくできるのだろうか?僕は、そんなにみすぼらしいのだろうか?それから、デカプリオは、お菓子をくれたり、気を使ってくれた。なんでだろう。全くわからん。すごい心の大きな人だった。船の中だけだったが、彼のやさしさは忘れられない。
イタリアは、日本人も多く。あまり何事も無く進んだが、肝心の家具工房が見つからない。行けども行けども見つからない。あるとき、こっちに住んでいるという日本人に会った。僕は、工房を探していることを告げると、工房は見たことないと言う。なぜだろう。イメージでは、多くの職人たちいそうであったのに。小さな町なら見つかりやすいかもよ。といわれ、僕は、小さな町へ。町に宿を取り、へんぴな方へと歩いた。歩けど歩けど、畑しかない。なんで無いのだろう。僕はシエナという町で、3日間歩きっぱなしであった。ありゃしない。同室のアメリカ人に「工房見なかった?」と聞いても、見ないと言う。同室のボブは、イタリアに一年間留学してると言う、20才であった。音楽の趣味が合い、仲良くしてもらった。明日、ピサへ行くという。気晴らししてみたらといわれ、僕は断った。ボブがピサへ出発して、少したち僕も行ってみることにした。ピサの斜塔は、観光客ばかりで、つまらなかった。すると、橋の上で座っているボブ発見。ピサの歴史を勉強していた。その夜も、同じホテルに泊まった。E-MAILアドレスを貰い、別れた。後にメールをボブに送ったら、送れなかった・・・・

あんまし、出来事があましなくて、つまらんでしょ。とばしますね。

リオレ・マジョウレというフランスとイタリアの国境に近い町にきた。そこのYHは、お城を改造したもので、すごく豪勢。部屋は、最上階!最高の見晴らしで海・山・夜景が堪能できた。ここまで、まともなご飯を食べてない。物価が高いのだ。たまにはと、そこのホテルのディナーを頼んだ。イタリアの家庭料理である。すごくおいしい。これは、いまいち言葉に表現できないので、あしからず。ひとつのテーブルを8人で囲み、イタリアらしく、ゆっくりなディナー。とても辛い。早く食べたいが、僕だけ早く食べても次の料理が出てこないため、ダメなのだ。僕の下のベッドに寝ているイタリア人のじいさんは、いつも僕を朝食に誘い、食べきれないパンをくれる。僕等は会話が成り立たない。いつも笑顔の会話。だから何もわからない。でも、朝食に誘う。よくわからない。そして、知らぬ間に何処かへ行ってしまい、会うことはなかった。僕は2ヶ月間女の人と話していない。いや、日本人の女の子とは話したが、地元の子と話していない。ヨーロッパ美女と話してみたかった。と言うことで、愛の小道と言われる海岸線の道へいってみた。10キロ連なる道だ。そこに、ちょうど女の子が一人いた。かわいらしい女の子。どうにか話せないものかと、いろいろ知能の無い頭で考えてみた。考えることは無い。どこまで行くのか聞けばよいのだ。それだけで良いのだ。いざ。話し掛けると、同じくらいのレベルの英語を話した。ちょうどいい。そして、一緒に歩いた。27歳のシィモ―ナという女性。仕事の休みのトレッキングという。いろいろ話せて、話しだけで満足満足。外人の笑顔はほんとにかわいい。カプチーノやリンゴを奢ってもらった。「この後、スペインも行くんだから、お金は大切に」と奢ってくれた。彼女は泳ぐと言って、いきなり脱ぎ出した。中に水着をを着けてた。かなり、ドキドキしてしまった。人魚のように泳ぎが上手だった。泳ぎながらこっちを向いて手を振ってくる。なんか自然。さすが、イタリア人。回りの人は、東洋人と地元民の二人を変わった目で見ていた。スイム終了。町を案内してもらい。ご飯もおごってもらってしまった。「もう帰る」と、一緒に電車に乗り、途中まで一緒に。とても、充実した一日だった。住所を交換して、写真を送ると約束した。そんで、握手して別れようと手お出すと、握手してくれて,スーと、顔が近づいてきて、キスしてくれた。こんな事があるもんだ。とても大胆。びっくりして、ぼーぜんとしてしまった僕を尻目に、笑顔で去っていった。いいことがあるもんだ。それからは、気分がよくフランスへ。なんだか、それから外国人女の子への運が上昇した。なぜかな。
             
フランスは、辛い。物価がほんとに高い。4日間いて、ホテルに泊まったのは、一日だけ。
あとは、駅か電車の中。駅は浮浪者がいっぱいいるので心強い。ご飯もフランスパンだけ。辛いからスペインへ逃げた


そうヨーロッパ。ヨーロッパ。響きがいいナー―。
スペインのバルセロナ。芸術の町である。代表な物にサクラダ・ファミリア。そして、ホワイトマウンテンゴリラ。
バルセロナの町を探索中に偽警官と出会う。こんな事は日常茶飯事らしい。ホテルで会った日本人は、2人。二人とも会っている。そして、お金やパスポートを取られてしまい、泣きそうになっていた。嫌にナって、帰ってしまった。僕も当然のごとく出くわした。そのときは、偶然であった日本人と一緒で、サクラダファミリアを見にいく事になった。道に止っている車の中から「ちょっと来い」といわれ、素直に行ってみると、「警察だ」といって手帳を見せた。。麻薬の不法所持者が日本人に多いからと、パスポート提示しろという。。すかさず僕が出そうとすると、一緒にいた彼が「怪しい。だすな」という。そして、もう一度、警察手帳を見せろというと素早くみせ、直ぐ閉じた。怪しい。無線を使って、「ジャポーネ。ジャポーネ何たらかんたら」と言っている。と思いきや、ノキアの携帯電話ではないか。僕等が,警察署へ行こうというと、いきなり車から出てきて怒った顔で、僕の肩を突き飛ばし、逃走した。とても、ひやひやものである。取られていたらと考えると、恐ろしく血の気が引く。そんなこんなで、スペインを満喫。
                    

僕はゴッホの好きな町でアルルへ行きたかった。来るときに行こうとしたら、違う電車に乗ってしまい、そのまま違う町を見た。アルルが諦めきれず、行くことにした。アルルは、イメージとして、草原であった。草原の中にぽつんと跳ね橋があるのだ。しかし、全く違った。きれいな町並みだった。朝の6時についてしまい何もすることがない。YHを探したが、あいにくの満員。同じころ、アメリカ人二人組みに会い、インフォメーションへ行くというため付いて行った。荷物をどうにかしたかった。駅へ行きロッカーを見つけたが、壊れていた。仕方なく背負い、インフォが開くのを待った。
マクドナルドしか開いてないので、行ってみると、見たことも無いメニューがあり、頼んだらびっくり、1000円もした。パクパク食べていると、アメリカ人も買ってきて、たかすぎだと怒って食べていた。フレッシュバーガーなる食べ物は、何もフレッシュではなかった。セットを頼んだのだが、なぜかオレンジジュースにコーヒーにコーンポタージュがついていた。飲み過ぎでしょ。そして、プリンがついて、1000円。馬鹿にしてるでしょ。
インフォの壁に家具工房の写真が。うおおおお。ラッキーー。インフォのお姉ちゃんに地図を書いてもらい、いざ、家具工房。5キロと言っていた。気温は高いし、荷は重いし、辛い辛い。ちゃんと道どうりに行ってるのに、全く無い。行けども行けども、民家ばっかり。おまけに今度は、畑ばっかり。どうなってるんだ。もうかれこれ、3時間は歩いている。服はびしょびしょだし、人がだれもいないし参った。戻ることにした。
インフォに着いたらもう3時。ああーらら。もういい。僕は、ゴッホの愛する「跳ね橋」へ。ちょうど日本人発見。女の子二人である。僕を見て第一声は、「かわいそう」であった。汗だくで、ゴム草履、タオルを巻き、ズボンが破れ、おまけに大きなリュック。かわいそうなほど、みすぼらしいらしい。僕は、試練を楽しんでいるのに・・・・ははは。その子らに跳ね橋までのバス停まで送ってもらい、僕は無事バスへ。跳ね橋へは僕だけだった。バスの運ちゃんは、ユーモアを解っている。ここだよと降ろしてくれたとこは、何もない場所。僕が降りると発車して、少し向こうで待っている。なぜ待っているのか見ていると、「MISTAKE」と言って、バックで戻ってきて笑ってた。そんで、跳ね橋に到着。個人周りとした橋。使われていない橋。動かない橋。今はもう死んでいた。ゴッホも今の橋を見たら描かないであろう、絶対に。思ったんだが、帰りの便はいつ?やな事を考えてしまった。時刻表も無いし、人間足を使わなきゃね。歩いて歩いて歩きっぱなし。バスで20分くらいだから、歩いて1時間くらいだろうと、たかをくくっていたが、違った。迷子になった。空も暗くなってきているようだ。足が痛いナー。お腹減ったナー。と思ったら、バス。やった―と乗ったら、違うバス。バスの親父に何とかしてもらい、ようやく見たことあるような場所へと着き、案の定、電車宿泊である。この日は辛かった。本当に辛かった。足は、ぼろぼろ、ビーサンもぼろぼろ。
                   

そんで、イタリア、パドバのYH。行きに美味しいものを食べれなかったので、勢いあまって、3人前。食べた食べた。YHへ帰ると、僕の隣のベッドにはイタリア人のおやじ。すごく陽気。何だか気に入られている。僕のほうへ来て、歌を歌ってくれると言う。断ったが、歌ってた。僕の50センチ前まで来て、僕の目を見て、腰に手を当て、パンツいっちょで歌っている。オペラのようだ。上手であった。すると、今度は日本の歌を歌えと言う。仕方ないので、定番のサカモト キュウの「上を向いて歩こう」歌ったら、「日本の歌じゃない」と言う。「日本の歌だ」と言い張っても、聴き入れやしないのでそのままにした。この人は、英語がほとんど話せないけど、口癖がある。「I love tekiera ,I love mexico.tokyo」。なんでも、テキーラが好きでいつも持ち歩いてると言う。見せて、と言うと見せてくれない。そんで、僕のことをTOKYOと呼ぶ。いつだってそうだ。
僕の名前は、東京なんだ。ローマ・ナポリ間を電車で移動。とてもすいていた。しかし、10分くらい経ってから色白のおじさんが。この部屋は六人掛けである。なぜだか僕の隣。僕が移動すると、彼も移動。怒った僕は、日本語で罵声を。彼はもろともせずに、「JAPON?TOKYO?」と聞くや否や、また、僕の名は東京。参った参った。僕が窓から外を覗くと隣に来て彼も。その窓は小さい小さい。一人しか覗けないのに、無理やり覗く。怒ってもケロットしてるし、ほおっておいた。お昼にローマに着くと僕は次の駅までの時刻表確認。彼も着いてきて、「ここ」と 8時を指差す。今は、昼の12時だ。意味がわからない。チケット買っていると、後ろに彼も並ぶ。僕はチケットを受け取り、彼を隠れて見ていると、ナポリ行きを買っていた。また戻るのだ。意味不明の行動。なんだったのだろうか?

場所はギリシャのアテネ。画家だと言う女の子と話しが会い、明日ブルガリアの首都、ソフィアへ行くいう。偶然僕もブルガリア。行き先は国境。目指すはヨーグルト。そう、ヨーグルトだけ。寝台列車で一緒に。僕がきたならしいのは当然だが、彼女はスチュワーデスのようだ。ガラガラとアタッシュケースを引き、羽の付いた帽子。とてもじゃないが、一緒にいては悪い感じだ。ギリシャのテッサロニキで別れ、僕はバスで。

いざ、ブルガリア国境。バスは快適、みんなやさしい。運転手に国境で降ろしてくれと言い、僕は国境で降りた。無論1人。何もない。遠くのほうで、集落が僕を呼ぶ。「何にも無いぞ―」。村へ行き、人々にホテルの所在を聞くと、この村には無いという。参った。店を聞くと、村のただ一軒の店を教えてくれた。駄菓子やみたいであった。そこで、ヨーグルトを買い。食べた。おいしー。おいしいぞー。また買いに行った。すると、自家製のプチトマトの形をした、果物をくれた。袋いっぱいにくれた。なぜかな?ホテルが無いので、駅へ・・・。帰ることにした。電車が明日の2時と言う。お昼の2時だ。残り、23時間。何もすること無し。何もない。洗濯した。駅が僕のホテルとなった。駅は人が集まるので、暇にはならない。子供たちがちょっかいをだしてくるからだ。二人の子供が、空手を教えてと言うことで、空手のレッスン。30分くらいやったろうか。電車が来て彼等は帰った。ずっと手を振っていた。駅は僕のホテルだ。なぜだろう、駅員たちはお酒を飲んでいる。がぶがぶ飲んでる。普通なのかな?みんなお酒好きだ。9時に寝ることにした。電車がうるさい。ぼーと熟睡できないかできてるかをさまよっていると、突然起こされた。時間は深夜3時。「なんで起きるのか?」と聞くと、これに乗れと言う。なんで。明日の2時でしょ。電車の周りにはライフルを持った人がいっぱいいるので,素直に乗った。兵隊だ。兵隊は怪訝な顔で僕を見た。なんでもなかった。爆弾がよく仕掛けられるらしく、念入りに調べていた。僕は、ブルガリアに24時間もいなかった。たった12時間しかいなかった。変な果物を食べて寝た。

あんまり、ヨーロッパではすごい出来事はありませんでした。あしからず。
と思いきや、ヨーロッパで聞いた話によると、エジプトのクフ王のピラミッドに登れるということだった。何ーーーーーー! (ノ゚?゚)ノ オオオオォォォォォォ-くやしい・・・・と思い、エジプトへ引き返した。登ってやるーーっと心に決めて、もう一度エジプトの地へ!
二回目となるととっても気が楽。楽々でカイロ入り。一番安いホテルへ。ホテルは、二階から7回まであり、エレベーターが無いため、一階上がるごとに35円の値上がりなのだ。
とっても、お茶目なホテルである。
とにかく、ピラミッドに登ることを考えて情報収集。聞き込みをしていると、登りたいという人が6人になってしまった。決行は、深夜3時。ホテルの下で待ち合わせ。タクシーを呼んで、待っていると、一人足りない・・・・(;゜〇゜)来たっと思ったら、目がおかしい・・・(°°;)こいつは・・・初めてのマリファナで吐きそうで脱落。けけけ。あほや。てなことで、5人で出発。目的は、ギザのクフ王のピラミッド。ワクワクしながら俺らは、ギザ到着。門は、警官がいっぱいいて入れそうもない。あらら、どうしたもんだ。違う道を考えないといけない。
と思っていたら、馬に乗った奴が来た。なんやら、俺らにピラミッドへ行くならやめろと言う。行かないっといってもばればれだ。しかし、ここは、第一関門。負けるわけにはいかない。みんな脳内麻薬でハイテンション。喧嘩をしそうな勢いだ。しかし、ここで大事になると、はるばるヨーロッパから戻ってきた意味がなくなる。ってなことで、煙草を10本あげる事で交渉成立。最初から、賄賂がほしかったのだ。第一関門突破。
日の出は、6時。今の時間は、4時。まだまだ、時間はある。ギザの町は、警官だらけでとっても危ない。裏道裏道へと抜けると、また、道に迷う。そんなことを繰り返し、朝の目覚めの早いアラブ人は、起きてきた。そんで、何してるか話し掛けられる。とっても、やばい。しかし、何とか、「友達の家に行く」とか「道に迷った」とか言って逃げたが、みんな言い人であり、「大丈夫か?手助けしてやる」って言ってくれる。しかし、とってもありがた迷惑。
そんなこんなで5時・・・・やばい時間になってきた。道が見つからない。目の前に墓はあるのだ。崖を登るしかない。とてもとても大きな崖。落ちたら、きっと天使になるであろう。(*^.^*)エヘッ。このまま、道を探して終るのは最悪なので、登ることに。5人は、登り切ったが、そこからが問題だ。警官が2人ピラミッドの周りを見張っている。岩陰に隠れながらほふく前進。静かなピラミッドの周り。少しでも音を発てると見つかってしまう。5人は、ばらばらに分かれた。俺は、中央突破を図った。一人が突っ込んで行くのを見届けると、俺は、突っ走った。見つからないように祈りながら走った。一段目の石に飛びつかんだ。一つの石が1メートル50センチくらいある。一段登れたことを心で確認すると、後は、ひたすら頂上に一番先に登ることを考えた。必死に登った。下を見ると、やばいほど高い。しかも、誰の姿も見えない。岩もぼろぼろである。とっても楽しい。20分くらいで頂上到達!
                     

ピラミッドを制覇した!しかし、ここは墓!ちょっと、座禅でも組んでみた。空気は、冷たく顔に当たり、頂上からの景色を堪能した。ここには、力が宿っていることを実感。異様な空気が体を取り巻く。一人だということで、吠えてみた。「おらーーーー」気分は最高!脳内麻薬、絶好調、分泌しまくり!10分くらいして、一人が登ってきた。汗はダラダラ、息はハアハア、頭はつるつる。海坊主が、頂上到達だ。そんなこんなで、4人が来たが。一人来ない・・・・捕まったのか、どうしたのか。とっても不安。20分くらいして、やっとこ到着。警官が来たので、登るタイミングを逃したということだ。とにかく、5人が無事登頂!記念撮影やら、みんな思い思いの方向を向いて座っている。何を考えてるのか、何を思っているのか、何かを求めて旅に出た人々だ。これからについてでも考えてるのだろう。日が昇り始めた・・・・。とっても綺麗な太陽。雲が少しかかっているが関係ない。雲など見えない。赤い太陽が見える。日が昇るのは速かった。とっても、速かった。太陽を見ると満足し、下山。途中まで降りた時、俺ははっと思った。やるべきことをしてない。みんなに提案した。戻ることを。ピラミッドの頂上で人間ピラミッド。一人以外みんなフィルムは空。よかった、2枚だけ残ってる奴がいた。戻って、人間ピラミッド。2・2・1のピラミッド。良かった。これで悔いはない。下山。案の定、警官が5人待ち構えていた。何だか、とてもやさしく降り方を教えてくれた。(;¬_¬)ぁ ゃ? ぃ。降りると、すぐに捕まれて、岩陰に連れて行かれた。所持品検査。俺らは、こんなこともあるだろうと、フィルムは、お腹に隠し、財布は持ってこなかった。もちろん、パスポートも。所持品は、カメラとお金5ポンド(150円)それに日本のお金50円。全部取られた。カメラは返せと言ったが、返してくれない。そんなとき、日本のお金。「50円は、とても価値があるし、50ポンドみたいだろ」って無理やり納得させて、俺らは無事脱出。お金を5ポンド取られただけで終了。ラッキー。靴に隠しておいたお金でバスにのり、俺らは満足満々で帰ってきた。しかし、人間ピラミッドの写真は、送られてこなかった・・・・