ようこそ源流へ 日進市長 佐 護 彰 今、起きている事実 既に新聞などでご承知のように、日進市東部に拡がる東部丘陵地の自然が、粘土採掘により、壊されようとしています。多くの市民の願いもむなしく、平成13年8月3日、粘土採掘業者が出していた鉱業権の設定を中部通産局が許可しました。許可された面積は、33ヘクタール。広大な山林が今消失しようとしています。 巨大な荒野へ 今、何事もないように静かにたたずむこの里山の木々が一瞬にして切り倒され、そこにひっそりと暮らしてきた鳥や魚たちは生きる場を失うことになります。この33ヘクタールの山は何十年もに渡り、何十メートルも掘削され、そこには土砂を満載したダンプカーが行き来し、草一つはえないような巨大な荒野となることでしょう。 母なる川 山林は巨大なダムに匹敵すると言われます。この広大な東部丘陵地に降った雨は、自然を育みながら、木々の堆積した山肌にしみ込み、ゆっくりとせせらぎをつくります。 たくさんのせせらぎは合流を繰り返しながら、やがて岩藤川、岩崎川、天白川とその名を変えていきます。天白川の豊かな流れは、古代文明におけるチグリス・ユーフラテスのように、古くからにっしんの農業文明を育んできました。まさに天白川は、母なる川であると言えます。 森は海の恋人 東部丘陵から流れ出した豊かな水は、このように人の暮らしを支え、農地を潤し、飲料水を生み、名古屋市を通って、やがて伊勢湾へ太平洋へと注ぎます。 海の魚たちは、山から流れ出すミネラル豊かな水によって育まれます。 畠山重篤氏の著書「森は海の恋人」にあるように、漁民が豊かな漁場を守るために。山林に目を向け、植林をするなどの活動が行われ始めています。 人の非力さ 災害と自然保全は密接な関係であると言えます。 東海豪雨は記憶に新しいところですが、古くは伊勢湾台風から、河川の反乱など自然災害の前で人は無力でした。どれだけの知恵や技術でさえ、荒れ狂う自然の前では、なすすべもないものです。自然の克服という視点から、共生するという考え方へのシフトが必要だと言われています。 もう一度 経済の発展によって、私たちは、物質的な豊かさや便利さを享受してきました。 しかし、同時に多くの大切なものを失ってきました。 大切なものは失ってから気がつくと言いますが、自然の破壊は単に自然そのものの問題であるだけでなく、人の暮らしにかかわる循環そのものを壊していくことになります。一見何でもない景色が私たちの暮らしを支えているということを意識したいものです。 物質的にこれほど豊かになった時代でも、豊かさを実感できないという人が増えています。本当の豊かさとは何でしょうか。ほっとできる自然景色や、脈々と流れる川のきらめきを、素直に美しいと感じられる気持ちが今求められています。 |