JOY

kanasimimo yorokobimo
ikarimo tanosisamo
kitto anatano tameninaru
dakara waratteitekudasai
otogibanasiwo miruyouni







「うーん!」


 どうしよかな。どうしよかな。

 これ以上ないというくらいに眉をしかめて、モモは唸っていた。
 目の前には、ふたつに別れた道がある。

 えーと、どっちにしようかな。
 はやくしないとまりちゃんに怒られちゃう。

 手の中にはバスケットの中に入った小さな種が、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

 淡い色の奇麗な種。

 まりちゃんの待っている場所にはやく辿りつかないと、芽生えてしまうかもしれない。
 とても大事な大事な種なのに、それはとても困る。

 目の前のふたつの道を見て、だからモモは困っていたのだ。

 どちらかひとつが、目指すところに行く道のはず。でもどっちだったかな……。

 うーん。

 お使いに行く前に、まりちゃんがいっていたことをモモは思い出した。

 道行には十分注意するんだよって言ってたのに、でもしっかり迷っちゃった。

 今いるのは森の中。まだ日は高く、太陽が木々の影からのぞいている。
 日が暮れるにはまだ十分時間があって、だからまだ危険なんてない。どちらに行こうかと迷う以外は、大丈夫なはず、だった。

 けれど、ああどうしてだろう?

 胸がざわざわしている

 少し離れた木の影でごそごそっと音がしている。

 あれは、何の音だろう?

 ええと……。風の音だよね。うん。

 唸り声なんて聞こえないもん。
 風の音。そうだよ。


 グルルゥ。


 けれど聞き間違えのない、低い声が耳に入る。

 そうしてそのとき、がさりと茂みをかき分け、黒い身体がゆらりと姿を現した。


「う……」


 鋭い牙がその口からぎらりと覗く。


 狼……!

 モモは種の入った籠をぎゅっと抱きしめた。

 獰猛な目を光らせて、獣が一歩足を踏み出す。


「うぇ」


 心臓がどきどき音をたてる。

 瞬間、一際大きく狼が鳴いた。


「…………!」


 モモは駆け出した。

 ほとんど同時に、獣の足が地を蹴る。


「うぇええええんっつ」


 無我夢中に足を動かす。けれどその小さな足では、狼の足に追いつかれるのは時間の問題だ。

 そうして今まさに狼の前足がモモに届こうとしたその瞬間、前方の茂みからふいに現われた大きな身体がモモの視界をふさいだ。


「伏せろ、モモ!」


 聞き覚えのある低い声が少女の耳朶を打つ。

 反射的に頭を下げた途端、その大きな影がモモと交差するように飛び出した。

 視界の端に、銀色に輝く刀剣が映る。

 ほんの、瞬きの間だった。

 閉じだ瞼をモモがひらいたときには、断末魔さえあげることなく、獣は地に倒れていた。


「ユィット兄……!」


 精悍な容貌と、小さなモモの倍ぐらいはありそうな男の名を、モモは叫んだ。
 あっさりと獣を倒した青年は、ひとつ息をついて振りかえった。


「モモ」


 泥のついたモモの頬を軽く吹きながら、ユィットは腰をかがめた。


「ふぇ。ふぇえええん」

「ああ怖かったな。もう大丈夫だから。よしよし」


 泣き叫ぶ少女を優しくなでながら、どうしてこんなところにいるのかと尋ねると、モモは男の腕にしがみついたまま 口を開いた。


「あの、あのね、モモね、まりちゃんにお使い頼まれたの」

「まりに?」

「これ……」


 篭の中にちょこんと居座った4粒の種を見て、ユイットはものめずらしげにつぶやいた。


「これはまさか……『世界の種』か? これを、まりが?」


 モモを抱き上げて、彼は首を傾げた。


「俺も一緒に行っていいかい? あいつは今どこにいるんだ?」

「あのね、エルファムからずっとまっすぐ南にいったところにいるよ」

「エルファムから? 確かあそこには何もなかったはず……」


 独白して、しかしすぐにユイットは得心したといったように頷いた。


「ああ、だから『種』が必要なのか」



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


 数刻後。

 二人は途方もなく広い荒野の中にいた。


 いや、荒野という名もふさわしくない。見渡す限り、なに一つ存在しない、無味乾燥としかいいようのない土地だ。

 そのぼんやりと広がる薄闇の中で一人、巫女装束の女性が佇んでいた。

 声をかけるまでもなく、彼女はこの地を訪れた二人に気づいた。

 彼女はモモを見て笑い、そして少女を連れてきた男に視線を移し、不思議そうに首をかしげた。


「あれ。だーりん。モモと一緒に来てくれたんだ」

「やぁはにぃ。この子迷子になってたぞ」


 少し前から何故かそわそわしていたモモはユィットの腕から下りると、たたっと小走りにマリのもとに駆け寄って手を差し出した。


「あのねまりちゃん、この種、芽吹きそうだよ!」


 少女の言葉につられて手の平の種を見ると、かすかに発光している。


「いけない。もう芽吹く時間だね。さあ、世界をつくろう。モモ、種に手をかざして、祈ってごらん」

「うん」


 二人の様子を眺めていたユイットは、驚いた顔で尋ねた。


「《世界の種》を使うのはモモだったんだな。この子が『世界』をつくるのか」

「うん。まだ、どうなるかなんてはっきりしたことは言えないけど。でも、きっと素敵な国にしてくれる気がするのよ」


 二人が言葉を交わす間にも、モモはゆっくりと種の上に手をかざし、どこか厳粛な様子で言葉を唇にのせた。


「ひとつめは、光」


 モモがそう言ったとたん、出しぬけに周囲が明るくなった。暖かな日差しがゆるやかに周囲にふりそそぐ。


「ふたつめは、大気」


 三人のまわりをやわらかな風が吹き、抜けるような青空が視界に広がる。


「みっつめは、大地」


 色が塗りかえられるように、世界を緑が覆っていく。


「よっつめは、命」


 蛍のように小さな光が、種からいくつも生まれだしてくる。

 そうしてすべての種が芽吹いた後には、一瞬前までとはまるで違う風景が、三人の周りに広がっていた。
 緑が息づく穏やかで美しい世界。ほんのわずかな時間の間に、まるで様相が一辺していた。


「国造りか……」


 感嘆したように、ユィットはつぶやいた。


「よくできたね、モモ」


 マリが優しくモモの頭を撫でる。


「でも、国造りはこれで終わりじゃないし。これからが、大変だよ」

「うん。モモ、一生懸命がんばるよ」


 ふっくらとした白いほほを赤く染めて、モモは言った。


「あのね、モモが種をもってくるときにね、いろいろな人に助けてもらったの。その人たちがね、がんばれって応援してくれたの。だから、がんばるよ。その人たちが喜んでくれるように!」

「モモ、この世界の名前は決めたの?」

「うん!」


 モモは二人に内緒話を打ち明けるように小さな手を口にあてた。


「ここにくる人たちが、夢のように楽しい時間を過ごせればいいなって思ったの。だからこの国の名前は……」






  フェアリーテール。







************************************************



 世界をつくる。

 ひとつひとつ、心をこめて

 いつか訪れる誰かのために。

 どうか、夢見るようなひとときを。






2003.5.8



トップページへ戻る   Story Topへ