第五章 狂科学者の憂鬱

「・・・じゃあ、次どこに行きます?」
 そこらへんで買ったマップを広げながら、蔵馬が言います。
 氷の国で町の復興にせいを出している飛影と、それを手伝うという名目で雪菜にひっついている桑原を抜き、代わりに凍矢を加えた勇者一行は、その辺の街道をてくてく進んでいました。
 ・・・もっとも、街道といってもかなり危険で、足場も心もとない崖の上なのですが。
 しかし幽助たちは平然たるものです。この辺はさすが勇者といったところでしょう。
「・・・1番近いのは?」
「マッド国です」
「オレ、なんかその国行くのヤなんだよな・・・1番うさんくさいじゃん」
 眉をしかめる幽助。・・・気持ちはわからなくもありません。
「・・・マッド国の王とは、外交の関係で俺も何度か会ったことがあるが・・・」
 後ろの方で言う凍矢。その声は心なしかうんざりしたように聞こえます。
「どんな人ですか?」
「一言で言えば、狂科学者―マッド・サイエンティストを絵に描いたような人物だ」
「後回しにしよう」
 きっぱり宣言して、幽助は拳をぐっと握り締めました。
 ―と、その時。
 がごっ!
「・・・うわ!?」
 突如、幽助の足元で岩がぼこりと抜けました! 当然ながら幽助は崖下へまっ逆さま!
「幽助ー!?」
 ぶおうんっ!
 慌てて陣が飛び出し、幽助を空中でがしりと引っつかんで上へと放り投げます。
「わああああああ・・・あああああ・・・あ」
 ぶし。
 岩にまともにめり込んで、ぴくぴく震える幽助。あっけにとられて顔を見合わせる二人。
 しかし今度は陣が崖下へまっ逆さまになる番でした。
「うわああああああああああああああ・・・」
 ごづどごああああっ!
 ・・・やたら痛そうな音とともに、陣の悲鳴がやみます。いやあ急展開ですねー(?)。
「・・・陣・・・まさか死んじゃったんじゃないでしょうね・・・?」
「・・・いや・・・あれでも風使いだから、死にはしないと思うが・・・」
「首の骨折れたみたいな音・・・しませんでした?」
「しなかった・・・と信じたいが・・・無理だろうな・・・」
 焦りつつも妙に冷静な二人。崖を覗き込んで「陣ー!」と叫ぶ幽助とぼたん・・・。
 傍から見ているとわけのわからん図です。
 ひゅるっ。
 しかし彼等の心配は杞憂でした。まったく無傷の陣が、ふわふわと漂ってきたからです。
「おお! 無事だったかぁ!」
 嬉しそうな幽助、安堵の溜め息をつく蔵馬とぼたん、ポーカーフェイスの凍矢。彼等を順番に眺め、陣は最後には幽助に目をやりました。
「よかったー! 陣、死んじまったかと思ったぜー?」
「・・・死?」
 その言葉をはじめて聞くかのように、陣は呟き・・・そしてこう言いました。
「死・・・とはなんだと思うべ?」
『・・・はっ!?』
 目を点にする一同。まだなお、ぶつぶつと呟く陣。
「死とは、呼吸停止・・・心臓他内臓の機能も一切が動作不能となる・・・しかし・・・それが何故魂と肉体との結びつきを意味するんだべ・・・?」
「・・・・・・」
 小難しい理屈に目を点にする幽助。彼はもともと頭がいい訳ではありません。
「・・・陣? どうしたんです?」
「蔵馬・・・蔵馬はどう思うべ?」
「・・・・・・凍矢・・・陣っていつもこんなんなんですか?」
 凍矢に視線を向ける蔵馬。対して凍矢は首を横に振り、
「・・・いや。長年の付き合いだが、こんなことを自分から言い出したのは初めてだ」
「となるとやはり・・・墜落時に頭蓋に衝撃を受け、それが思考回路に悪影響をきたした・・・と考えるのが普通でしょうね」
「おそらく」
「・・・あの?」
「もしもし?」
「なんです、幽助、ぼたん?」
「もう少し、簡単に説明してくれねえ?」
「つまりですね、さっき陣が落ちた時、そのショックで陣の脳波に異常が・・・」
「・・・?」
「・・・要するに、落ちたときの打ち所悪かったせいでおかしくなったってことです」
「あ、なんだ。そーいうことかよ」
 あっさりうなずく2人に、凍矢の目が点になりました。
 理解しとらんかったのか・・・こいつらは・・・?
「・・・で、どーすんだよ。それ」
「ほっといても楽しそうな気はするけどねえ・・・」
 ぼたん、それはひどい。
「確か、マッド国の王は医者としても名医ですよ」
 ぴきいっ!
 蔵馬のさわやかな一言に、一同はその場に固まりました。
「・・・マッド王・・・」
「別名『悪夢の科学者』『良い子は関わっちゃいけません』と言われる、あの王に・・・!?」
 ・・・凍矢・・・前者はともかく後者は一体・・・?
 かといって、ぼたんが言ったように面白いからほっとく、というわけにもいきません。
 ・・・結局一同は、嫌々ながらマッド国へと足を踏み入れる羽目になるのです。
 
「ははははは。やあようこそ」
 鈴木王・・・凍矢いわく、「良い子は関わっちゃいけない」王様は、そう言って爽やかに謁見の間に訪れました。
 緑色の目に逆立った金髪。そこそこ整った顔立ちなのですが・・・。
 怪談に出てくる廃病院みたいな王城に住み、正装としてとりどりの薬品ビンを仕込んだ白衣を着ている男のことを「美形」の一言で済ますのは、神をも恐れぬ行為と言っていいでしょう。
「よお、鈴木王」
 幽助がおざなりにあいさつしました。いつの間にやら彼の出番は交渉の時くらいになっています。
「む。誰だねキミは? 初対面のものは、私を『美しい魔闘家鈴木』と呼ぶように」
「・・・・・・」
 そっちこそ初対面の男に対して二言目がそれかい、とか思ったりしましたが、幽助はこの男に何を言っても無駄と判断し、口に出すのは止めました。
 賢明です。
「・・・? 失礼だが、前は『強い妖戦士田中』と名乗っていなかったか?」
 後ろのほうから凍矢が言うと、鈴木は無意味にバラなんぞ出してポーズしつつ、
「ふっ・・・私はその時の自分に一番相応しい名を選びつけている。その私にひとつの名を定めよというのがムリというもの」
 要するに、単なる飽きっぽい人です。
「余計なツッコミを入れるな」
 ぽそりと鈴木王が『こちら』に向かって言います。
「・・・次の名前なんだろうな?」
 ぼそりと呟く幽助。もうこうなると話はどんどんと脱線していきます。
「オレとしては、『怪しい薬剤師木村』がいいと思うんですけど」
「あー、ナルホド。でもインパクトが今ひとつ・・・」
 ぴくっ!
「『うさんくさい王者松本』っていうのはどうだい?」
「ちょっと面白みに欠けねーか? あまりにもそのまんまで、単純すぎだし・・・」
 ぴぴくっ!
「なあ、凍矢は?」
 青筋を幾本も立てる鈴木には構わず、幽助たちは後ろのほうで陣と一緒に佇んでいた凍矢を振り返ります。
 しばらく黙ったあと口を開く凍矢。その口からは、不謹慎な仲間をいさめる厳しい言葉が・・・。
「『うっとうしい道化師河井』」
 ・・・出てきませんでした。
「おおおおおおっ! いーなそれ!」
「間抜けさ、変態性、暑苦しさ! 彼の特徴が如実ににじみ出ていますね!」
「すごいね凍矢! ネーミングセンスあるじゃないか!」
 本気で感心する一同。
 幽助はあっけにとられる鈴木に歩み寄り、その肩をぽんっ、とひとつ叩くと、
「じゃ、これからあんたの名前は『うっとうしい道化師河井』に・・・」
「できるかああああああああああっ!」
 絶叫して、鈴木が・・・もとい河井が幽助を睨みます。
「お前等は主役クラスだから、お笑いキャラの苦悩がわからんのだ! 蔵馬や凍矢みたいに美形キャラで売れない私はな、名前のかっこよさで勝負するしかないんだぞっ!?」
 なにやらわけのわからんことを言っています。
「んなこと言うなよ、ぴったりじゃん。なあ、『うっとうしい道化師河井』」
「そうですよ、『うっとうしい道化師河井』さん」
「ところで『うっとうしい道化師河井』王、折り入って頼みが・・・」
「ひどいいいいいっ! みんなしていじめるうううううっ!」
 突然、河井王はヒステリックにそう泣き叫ぶと、ばあんっ! と扉を蹴り開けて謁見の間を出て行き・・・。
 そして、帰ってきませんでした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 しばし漂う間抜けな沈黙。
「・・・これ・・・王を倒したことになるのか・・・?」
「・・・たぶん・・・」
 さしもの秀才蔵馬も、この状態では確かな判断がつきにくいようです。
  そして・・・。
「・・・うあしまったあああああっ! 陣の事忘れてたあああああッ!!」
 幽助の絶叫が幽白界全土に響いたのは、そのきっかり三十分後でした。
 ・・・しょせん、仲間同士の愛と友情なんてこんなもんです。
 というわけで、おかしくなった陣をどうするかわからぬまま、一同はマッド国をあとにするのでした。

 どーでもいいけど・・・メインのはずの陣の台詞が後半全く出てこないって一体・・・?

ライブラリーTOP