
万博と連動するような格好で名古屋市内を走るようになった自転車タクシー。万博の閉幕9月25日まで走る。中華人民共和国や東南アジアではよく見られる。日本では認可に消極的であるとされる。名古屋においても、環境博であるとされる、万博の連動企画としてのみ認可が下りた。
京都など、人力車を観光資源としている所では、許認可が下り易いといわれる。
自転車タクシーの良否はどうであろうか。自動車運転手からは、危ない、うっとおしい、と、目の敵にされることもある。
では、どうして自転車タクシーが環境博の連動企画として成り立ちうるのか。どうやら市は、ベロタクシーが本当に温室効果ガスの点で自動車よりも環境にいいものと考えているようだ。
↓証拠

僕は自動車主体の交通形態が、二酸化炭素云々の環境問題というよりも(もちろんそれを取沙汰しても良いのだが、僕はそっちの方は全く分からないのだ)、しかしむしろ機動力平等・均等の観点から、あるいはその観点からの環境問題であると考えている。機動力平等、ということになると、交通の階等(ヒエラルキー)が、まずは生身の人間である歩行者を頂点に置かねばならないことになる。機動力の平等とは、どれだけの距離を動きたいかという意思において、その実現がすべての国民において同一の結果が得られるべきである、という意味である。自動車運転とは、危険を伴う、一部の運動能力の優れた人間(一部、というのは全部の人間でないことを言っているのであり、少数であることを意味しない)のみが行いうるものであって、それが全ての国民に当たり前になされることとは、あってはならないのである。健常人といわれている人は、徒歩で動きうるのであるから、まずは歩行者が階等の上にあって、それを基本とし、それ以外をイレギュラーと考えるしかない。次善に、自動車よりもより扱い易く、より事故の危険が少ないものを考えねばならない。
公共交通機関は、運転に優れたものを選抜し、運転者よりは運転に優れない者の便益に供するので、不平等の是正機関としてあるはずであるが、その面はあまり真剣に議論されている観はない。既に多くの過疎地から、公共交通機関が撤退し、運転に不向きな者までもが、結果として自動車運転を強要される事態に陥ったり、住民が転居を余儀なくされたりしている。そのような地域の最悪のケースでは、一握りの金持ちが自動車で乗り付けるしか入場方法がなく、金のない者が締め出しを食うことになる。
法的な交通秩序における、自動車の劣位を裏付けるものは、道路交通法84条で、免許制度を設けていることから見える。国民の全部に平等に運転免許を与えないということは、自動車を運転する自由が、例外であることを示す。これにはバス・タクシーの公共交通機関も服することになる。国民はすべての自由を有するが、社会的福祉と安全の範囲で制限を受ける。自動車の運転は安全に反するし、自動車へ公共交通機関からの乗客・資金などの資本流出により、公共交通機関の倒産・廃業を招き、五体不満足なものや視聴覚障害者、病人、妊産婦、あるいや幼児・児童・学生等から公共交通機関搭乗の機会を奪うので、国民の平等というもう一本の憲法の原理の柱を犯すことになる。
なお、自動車以外の公共交通機関は、「新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法」など別の法律により優遇されているが、自動車を運転できない者も等しい距離を移動させるという点で、合理的平等に資しているもとと原則考えるから、違憲の不平等とは言えない(新幹線利用料が高く、金持ちしか乗れないというとか言う問題はさておく)。
自転車タクシーは、今回は観光資源としてだけ考えられた。しかしながら、歩行者>自転車>自動車という仮定が成り立つ上で、そして公共交通機関が歩行者の機動力の劣位性を補うことを考えるなら、公共交通機関は歩行者に次いで交通の階等の優位にあることで、自家用車に事実の上でも対等になりうるのである。
しかしながら、既存の公共交通機関の間に自転車タクシーなるものを認めてよいものかは、まだまだ考える所が大きい。まず、自転車が自動車より階等の優位にあるべきかどうかは、本当の所はよく分かっていないのである。自転車の危険性は、自動車より必ずしも小なりとは言えない。自転車はまた、道路交通法の規制に、自動車と等しく服する。よって運転の自由が誰にでもあると言うだけでは、自転車の優位性を言うことにはならないであろう。環境問題を持って来て自転車の優位性を唱えることはできない。なぜなら、環境問題とは人間に対する問題であり、対人的な危険を考えるならば、自転車=環境に優しい、とは言い切れないからである。自転車マナーの悪化を鑑みれば、免許制度を等しく付すべきとも言えよう。上の仮定(歩行者>自転車>自動車)は誤っているといえよう。
公共交通機関としての自転車タクシーとなると、若干なれば自動車に対し優位性があろう。しかし、私営企業が行うのならばともかく、公企業ならば、その経営等も考えなければならない。名古屋のベロタクシーは、ボランティア団体であるNPO法人によって行われているので、その損益について、市民が責を負うことは、原則ない。

ベロタクシーから見た名古屋市役所。
次に、ベロタクシーに試乗した感想を述べる。小さい車体から見上げる風景は、思わず名古屋であることを忘れてしまいそうになる。風光明媚な所で、自動車の多くない所で運用すれば、もっと人気も上がる。速度は遅いが、小まめに色々な家や会社の戸口からの送り迎えができれば、役に立つかもしれない。現状では、約2キロで一人当たり300円もするが、自転車タクシーに乗る人でそれを気にする人はいないであろう。